3055.jp インタビュー掲載

3055.jpにインタビュー記事が掲載されました。

interview with BISK「3.11を境に、もう一度12年前のようなかたちで作品を残すことに強く意識的になった」

——まず始めに音楽活動を始めたころの話を聞かせてください。どんなキッカケで始まったのですか?

「中学生のころにPC-8801という8ビットのパソコンが家にあってBASICというプログラム言語で打ち込みの真似事を始めたのがキッカケです。当初はまだ中学生だったこともあり、特になにかを志向した音作りをしていたわけではなく、テクノとゲームミュージックの中間のような音楽を自己流で作っていました。表現行為としての音楽を意識し始めたのは大学生になってシンセサイザーを買ってからで、オウテカやエイフェックス・ツイン、ケン・イシイなど、90年代に盛り上がったインテリジェント・テクノとの出会いを機に本格的に作り始めるようになりました。その後、既存の音楽の枠組みから逸脱した作品を作りたいと思うようになり、ビートはありつつもグリッチ的な要素や現代音楽、ジャズの要素を取り入れた(現在の方向性により近い)作品制作にシフトしていきました。アルバムを何枚かリリースするまではライヴのオファーもほとんどなかったのですが、徐々に興味を示してくれる人が出てきて、関西で開催されているイベントに出演したりするようになりました」

――当時のライヴはどんな感じだったんですか?

「まだIDMやエレクトロニカというジャンルが定着していなかったことや、現代音楽やジャズなどとクロスオーバーする雑食性の高い音楽がいまほどは支持されていなかったこともあり、お客さんも戸惑い気味だったのを記憶しています。4つ打ちでもブレイクビーツでもなく、ブロークンなビートの上に様々な音楽要素が交錯する音楽に対しての反応は、今思えばとてもおもしろかったですね。引いてるお客さんや寝ているお客さんもいれば、ライヴ終了後に興奮を伝えに来るお客さんもいて、いまよりいい意味でも悪い意味でも新鮮な驚きをもって迎えていただいていたように思います」

——当時の関西のシーンはどんな感じだったのでしょうか? 同じようなセンスを持った仲間と一緒にイベントを開催したりなどされていたのですか?

「オーソドックスなテクノやハウス、ヒップホップといったジャンルは関西でも定着し盛り上がりを見せていたかもしれないのですが、僕が作っていたような音楽に関して言えば、当時はシーンというほどのものはなかったように思います。いまでいうIDMやエレクトロニカの萌芽といえるようなことは起きていたのですが、局地的な盛り上がりだったのではないかと。また、イヴェントを主宰したり積極的にライヴをやるというよりも、ひたすら自分のスタジオで職人的に制作をしていたので、仮にシーンというものがあったとしても関わりは少なかったと思います」

――最近の国内のエレクトロニカ・シーンとの交流は?また、現在の東京のシーンについてはどう思っていますか?

「日本のエレクトロニカについては最近までほとんど知らなくて、ここ1~2年の間にツイッターなどのおかげで、どんなアーティストがいるのかが少しずつわかってきたところです。シーンとの関わりはあまりありませんが、ネット・レーベルを中心に急速に作り手が増え、リリースやイヴェントも頻繁に行われているので、時代の移り変わりを強く感じます。決してオーヴァーグラウンドではないですが、90年代と比べるとリスナーが受け入れる土壌がかなり整ったのかなと思います。ただ、どうしてもシーンの中にいると互いのアーティスト同士の影響が強すぎるのか、音楽性が一方向に流れやすい印象はあるので、より多様な音楽性が受け入れられる寛容さがあるともっとおもしろくなるでしょうね」

——ブラック・ミュージックへの愛情がベースにあるように感じました。簡単に音楽遍歴を教えてください。

「一番多感な10代のころにプリンススライ・アンド・ザ・ファミリーストーンパーラメントなどのファンク・ミュージックをよく聴いていたことが影響しているかもしれません。さほど掘り下げて聴いていたわけではないですが、80年代のヒップホップの影響も非常に強いです。そうした音楽を聴きながら、毎日のように楽曲の分析をしていた時期もあったので、それがいまの作品作りのベースになっています」

——12年ぶりのアルバムとなるわけですが、制作に取り掛かったのはいつごろだったのでしょう?

「本格的に作り始めたのは2011年の春ごろからで、その後半年くらいの間に制作しました。その前からいろいろな機材を買って試してみたりしていたのですが、いつか音楽活動を再開できればいいかな、くらいの気持ちでした。大きなキッカケになったのは、振り返ってみると3.11の震災でした。3.11を安易に音楽活動と結びつけたくないとは常々思ってはいるのですが、あの出来事を境に、もう一度12年前のような形で作品を残すことに対して、強く意識的になりました。あの強烈な体験が、自分の存在意義を問い直す大きな契機となったことは確かです」

——アルバムを聴いて、いろいろな音楽を聴かれているんだなぁということがすごく伝わってきました。トレンドに合わせて特定のジャンル(スタイル)を模倣するのではなく、蓄積された知識や経験がとても自然なかたちで自分のなかのフィルターを介して生まれてくるという感じですごく独自性を感じました。どのようなアルバムにしようと考えていましたか?

「アルバム制作に入る前には漠然とビートものにしようとは考えていました。でも今作の場合もそうですが、作りながら全体像が見えてくるということが多いです。90年代の自分の作品を振り返ると、当時の音楽シーンは、わかりやすい4つ打ちやブレイクビーツが多く、いかにそういったルールから逸脱するか、ということが大きなモチベーションとなっていました。壊れたビートやカット・アップを多用するなど、アンチテーゼとしてエクスペリメンタルな方向へ向かっていたんです。ところがいまでは、ストイックな電子音響やグリッチ、ブロークンなビートなどその時代性の中で新しいとされていた実験的要素が、単にスタイルのひとつとして確立しているところもあります。12年前の「続き」をやることもできたとは思うのですが、すでにシーンも確立し充分な供給がなされているフォーマットを改めてやる意味を感じられず、単純にいま一番「元気」だなと思うベース・ミュージックを中心としたインディ・ダンスやR&Bなどを自分なりに消化したビート・ミュージックへ向かおうと思っていました」

——思い入れのある曲などあれば教えてください。

「特別に思い入れのある曲はないです。アルバムのために80曲くらい制作したので、制作過程のことはほとんどおぼえていないんです(笑)。強いてあげるとすれば、ジャケットのアートワークも自分でデザインできたことですね。アルバムのコンセプトらしきものを、ヴィジュアル面で具現化できたのはよかったです。前作から12年間、音楽に関して情報を積極的に摂取しなかったこともあり、シーンでなにが起きているのか、ほとんど知らなかったんです。そして、音楽制作を再開して、徐々にそれがわかり出して、ある種のカルチャー・ショックを受けました。音楽はこんなに変わったのか、と。まるで老人がある日突然未来にタイムスリップしたような気持ちでした。そんな、突然進化した世界と対峙した老人が、その世界で流れてくる様々な音楽から影響を受けて新たな作品を紡ぎ出した、という感覚があり、あのジャケットデザインになったんです。

——今回の特典CDアルバム『Preparing for the next』についても聞かせて下さい。

「これは今作のアルバム『MEMORABILIA』から漏れた作品と、最近のいくつかのライヴ用に制作したトラックで構成されています。『MEMORABILIA』はどちらかというとリスニングのための緻密な作りこみも重視していたのですが、『Preparing for the next』は大音量で聴いて踊ってもらうことを意識した曲が多いです。僕のライブはどちらかというと『Preparing for the next』に近い内容なんです」

——配信優位の時代と言われCDの売り上げが落ちてきていて、大型CDショップが閉店したりなど音楽の流通の形が大きな過渡期を迎えていると思うのですが、どのようにお考えですか? たとえばアルバム単位で音楽を聴くという環境も少なくなっているように感じるのですが。最近CD買いましたか(笑)?

「やはりダウンロード購入が多いですね……。CDショップに行くことも少なくなってきましたし。ただ、そんな自分でも1曲だけつまみ食いとかユーチューブやサウンドクラウドで聴いて終わり、みたいなことはさすがにないですね。いまは、とりわけダンス・ミュージックに関してはEP単位や1曲単位でよし悪しが判断されてしまうことが多いですが、そういった評価って瞬間風速的なものだと思うんです。1曲1曲はややもすれば地味に受け取られるものでも、アルバム単位の表現としては秀逸な作品って世のなかにはたくさんあって、そういった評価はこれからもなくなってほしくないですね」

——ご自身の作品も含めて、今後ダウンロード配信が主流になっていくことに関してはいかがですか?

「なにしろ僕自身がダウンロード購入が多いので(笑)、もはや肯定せざるを得ないのですが……。データで買うのもいいし、フォーマットは好きなものを選択すればいいと思うんですが、やはり先ほどの話でもあるように、10曲なら10曲という楽曲の連なりと、それを包括するアートワーク、そういったものの集合体によってできあがったパッケージとしての楽しみ方を失って欲しくないですね。僕も気に入った作品はレコードで買ったり、後から買いなおしたりもします。自分の作品もそうやって選んでもらえるようなものにしていきたいと常々思っています」

——最後に今後の予定を教えてください。新たに取り組んでみたいことやチャレンジしたいことは?

「すでに次作の制作に取りかかっています。『MEMORABILIA』や特典CDアルバムに収録された曲は、どちらかというとビートの構築にフォーカスしたものが多かったのですが、メロディやハーモニーも含めた、より多面的な魅力のあるトラックを増やしていきたいと考えています。どうしてもビート・メイキングの可能性や音色のおもしろさだけでは、その世界に共感してくれる人って限られてしまうということもあって。本当はキックとスネアだけ鳴ってればいいじゃん、みたいなところもあるのですが、自分が徹底的にこだわる世界と、他人の持つ世界とを媒介するものとして、メロディやハーモニーを捉えています。まだどうなるか最終形は見えていないですが、これまでよりカラフルな作品になると思います。また、ピアノを中心としたアコースティックな作品にも取り組んでいます。いまやっていることと真逆なようで、延長線上にある、クラシカル寄りなものというか。あまり振り幅を狭くしたくないということもあり、あらゆる可能性に挑戦していきたいと思っています。6月の上旬には東京・大阪・広島で国内盤リリース・パーティも兼ねたイヴェント出演を予定しています。そのころにはおそらく新しいマテリアルも織り交ぜた形でのパフォーマンスになると思いますが、聴けて踊れる格好いいライヴをやるので、興味を持ったらぜひクラブで体験してほしいです」

3055.jpより